| もの始まりのとき,われわれの住む小宇宙には何も存在していなかった.そこに,外側の大宇宙から何人かの仙人たちがやってきて,世界を創造した.最初はたくさん太陽を創ったので暑くなりすぎて失敗したりとか,いろいろあって,最後には大きな蝶々のお母さん(モスラではない!)が楓の樹に12個の卵を生み,そのなかの1つから人間の祖先が生まれたというのである.こうした思考(信仰)のフレームワークの類似性はいったいどんな意味を持っているのだろう.
中世ヨーロッパには,そうした非日常的な宇宙,その象徴としての不可思議な大自然をうまく扱える力,2つの宇宙をつなぐ能力を身につけた異様な人たちがいた.ペストその他の災厄を運ぶネズミを苦もなく退治してくれる笛吹き男や,死者たちを大自然の宇宙に運び去ってくれる葬式請負人といった人たちである.かれらは,ふつうの人間とちがって,日常生活の小宇宙に定住することなく,いわば一種の「公界往来人」として,小宇宙と大宇宙のはざまを自由に歩き回り,その「超」能力のうえに,一般の人びとから一定の畏敬を集めていた. 唯一神がこの宇宙を初めから統一の取れた形で創造したというキリストの教えが世の中に普及するにつれて,笛吹き男に代表される異能者たちへの畏敬が,一転して社会的差別に変わっていったという阿部さんの解釈は,その他の差別の原因,職能組合ツンフトの誕生に伴う非組合員への差別や,都市定住者による非定住者(ジプシーやユダヤ人に対する差別の説明も含めて,ソフトウェアの世界にも存在するさまざまな差別についてのメタファとして,きわめて興味深く感じられた. |
日本の中世史を振り返ってみると,中世前期と後期とを区分する南北朝時代が,オープンソース革命(?)の嵐が吹き荒れているいまのソフトウェアの世界と対比する上でおもしろい.後醍醐天皇によって推進された建武の中興は,武家支配打倒の道具として,無縁・公界・楽のパワーを結集した革命運動であって,それが失敗に終わったがために,それ以降,無縁の人びとへのいわれなき差別が始まったと,網野史学では述べられている.こうしたアナロジーがオープンソース革命の場合にもあてはまるのか否かは,もう少し時間がたってみないとわからないだろう.
いずれにせよ,歴史上の中世という時代は,日本でもヨーロッパでも,人びとの世界観すなわちパラダイムが大きく転換した時代であったということができる.インターネットやオープンソースといったbuzzwordによって引き起こされつつある現在のソフトウェア・パラダイム・チェンジは,中世ユーラシア大陸全体を巻き込んだ大革命,すなわち人類史上初めてのネットワーク型国家としてのモンゴル帝国の興亡に喩えるのが適切ではないかと思う.この問題については,かつてソフトウェア・シンポジウム'95(広島)の招待講演で論じた(わたしのWeb Page/people/k2/papersに載せてある)が,あらためてもう少し具体的に考察してみたいと考えている. |
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