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住民のほとんどが「水飲み百姓」と分類されている集落が,実態は満足な田畑を持たない貧乏人たちの集まりではなく,遠く蝦夷地までも往復できるような北前船を操って貿易業務に携わっていた人びとの住む「町」であって,農村というよりはむしろ都会的なスタイルにデザインされていた形跡があるという事実であった.しかし,その成果をプレス発表したところ,記事の見出しが「江戸時代に貧乏な農民が日本海貿易で活躍?」という的外れなものに変えられてしまっていたという.新聞記者の頭のなかには,江戸時代の日本には侍と農民しかいなかったという固定観念があり,なおかつ「百姓」という単語は農民に対する侮蔑的な呼称であって紙面では使えないという奇妙な自己規制が働いたためだそうだが,困ったものである.

「百姓」は,文字通り「たくさん(百)の職業(姓)」を意味したことばなのだが,それがいつのまにか農民だけを指すようになったというのは,いまさらながら,長年にわたる「お上」からの思想教育の恐ろしさを感じさせる.日本でも,そしてヨーロッパや中国でも,中世の古文書のなかには,「職業図絵」のようなものがあって,そこにはさまざまな「百姓」すなわち職業人たちの姿が描かれているのである.

網野さんの描くイメージによれば,中世の日本は,多様な交通路(道路、川,湖、そして海)を通じて,いろいろな物資や情報・文化の交易・交流が行われていたダイナミックな社会であったという.しかも,「唐人座」とか「蝦夷」といったことばが文献に出てくることは,ヤマトびと以外にも中国・朝鮮・アイヌといった異民族もそのなかに加わっていた多民族・多文化の混在する社会だったと考えられる.

わたしが,そうしたイメージに関心を抱く理由は,ここ数年来のインターネットの発展によってもたらされつつある新しい社会構造の変革に興味を抱いているからである.インターネットは国家や会社など,既存の社会組織の壁を越えた自由なコミュニケーションを地球規模で実現している.このようにして作り出された仮想社会は,当然,多文化・多民族の空間であり,多様な価値観が同時並行的に混ざりあって存在する.単一の価値観に支配された同質的な農耕文明社会あるいはその発展型としての工業化社会とは根本的に異なっている.ある意味でそれは,時間を超えた中世社会の再現だといえるかも知れない.

そして,もうひとつ,網野歴史学からわたしが受け取った興味深いメッセージは「無縁・公界・楽」のメタファであった.

「無縁」とは,有主・有縁に対する反対概念としての無主・無縁であって,既存の社会秩序から切り離された「自由な」領域の宣言を意味している.それは,いくつかの古代社会において存在したことが知られている避難所(アジ―ル)概念のより明確なマニフェストであり,典型的な例としては,江戸時代まで残っていた「駆け込み寺」があげられる.中世の日本にはそうした無縁所があちこちに存在したらしい.

やや短絡的すぎるかも知れないが,わたしはこの中世的自由の概念を聞いて,すぐリチャード・ストールマンのGNUプロジェクトを連想した.既存の商業秩序からソフトウェアを切り離すNonproprietaryかつコピーレフトの革命的な宣言には,そうしたニュアンスが含まれているように感じられる.

「公界」は,文字通りパブリック・ドメインを意味する.公界者あるいは公界往来人とは,特殊な職能を認められて,手形や通行証なしに自由に各地を歩きまわれる人びとを指す.中世の日本には,こうした人びとが存在して,しかも世間から一定の尊敬を勝ちえていた.具体的には,能役者や占い師あるいは桂女(もともとは皇室に鮎を献上する役の女性,後にいわゆる白拍子すなわち遊女)などがそれにあたる.ある狂言のシナリオには,登場人物の一人が旅の占い師と喧嘩になり,相手の頭を殴ろうとすると,「公界者に手をだすとは,なんと無体な!」と非難される場面が書かれているそうだ.また,中世日本の代表的な自治都市である泉州堺の地図には,公界衆寄合所という表示があって,この町を取り仕切っていた商人たちが,やはり公界者として扱われれていたことを示している.

公界者のメタファをコンピュータの世界にあてはめるさいには,人間ではなく,インターネット上のパブリック・ドメインを自由に動き回っているフリー・ソフトウェアを擬人化して考えたほうがよいと思われる.代表的な例はもちろんLinux(正しくはGNU/Linux)である.



 

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