Wingnut(*1)-- 企業内起業のプロトタイプ --
引地 信之, 岸田 孝一
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そもそも,筆者の一人である引地が,業務として,1988 年から1989年まで,ボストンのFree Software FoundationにてGNUプロジェクトの作業を行ったことが,GNUとの長い 付き合いの始まりなのですが,1991年には,社内ベンチャーとして,GNUソフトウェアを中心としたフリーソフトウェ アのサポートを有償で行うWingnut特別プロジェクトをたち あげました. 本論文では,このプロジェクトの歴史とフリーソフトウェア (オープンソースソフトウェア)に関する様々な問題に関して, 主に,技術的な管理という点から言及していき,最後に,結論 として,このケーススタディより学んだ点を示そうと思います. 1. はじめに 1983年,Richard Stallmanが書いたGNU宣言(GNU Manifesto)[1]がDDJに掲載され,フリーソフトウェアの概念 が提示されました. 当時,Unix上で動作するEmacsはGosling Emacsだけでしたので,Richardは,新しい端末向けにそれをチューニングし たりしていました.しかし,彼が作成したEmacsはDec20といっ た大型計算機やLisp専用マシンでしか動作していませんでし たので,これらのユーザ以外は触れる機会がありませんでし た. 二,三年すると,Unix上で動作するGNU Emacs[2]がリリースされました.たぶんGNU Emacs version 17だったと思います.引地は,はじめてそれを利用したわけですが, ひとつのコマンドの波及効果が非常に大きく,緊張して利 用した(*2)覚えがあります.また,version 17には,Gosling Emacsとの比較などの説明文も付いており(*3) ,その長所も説明されていましたが,当時のGNU Emacsは,すぐにcore dumpしてしまうため,なかなかGosling Emacsから移行でき |
ませんでした.(引地と同じ部署の人間が,部員にGNU宣
言の紹介を行ったのもこのころです.)
確か1986年だったと思いますが,RichardがGCC(GNU C Compiler)[3]version 1.3のソースが入っているオープンリールのテープをもって,SRAを訪問したことがありました. 「興味があれば,alpha releaseですが,どうぞ」ということでしたので,すぐにソースをコピーしました.サポートしてい るマシンはvaxとsunだけでした. 当時,社内には,新しいWSが導入されつつあったの で,空いている時間にGCCを移植しようと試みました.海外 へのEmailも,実験的に研究目的で開始されたころです. その後,GCCのbug reportをいくつか提出し,引地は alpha releaseのtesterとなりました. そして,この移植が落ち着いたころ,Richardから「あなた が行った移植コードをGCCに入れるにあたって,何か条件 がありますか」との問い合わせがありましたので,内部ド キュメントに引地の名前を入れてもらえれば,それで結構 ですと応えました.
*1) この原稿は SEA 主催 ISFST99 の論文を作成する際に, まとめたものを元に加筆修正したものであることを付記します. OSB ができて,そのなかの Wingnut チームとして活動するまでは, 企業内起業のプロトタイプで社内横断的に活動 という 見方もできるので,上記のような副題をつけてみました. SRA ではいくつかの方法で GNU ソフトウェアを推進している. その一つとして Wingnut があり,これは GNU ソフトウェアを中心としたフリーソフトウェア を対象としているビジネスプロジェクトである. *2)もちろん,そのように感じた理由は, 当時の GNU Emacs は,リリースされたばかりで,Gosling Emacs にあった undo 機能がなかった点が大きい. *3) 最新の release にもそのまま残っている. 当時 CCA Emacs というものもあり,emacs lisp 相当の拡張言語が, common lisp level の syntax である,という特徴のものであった. それとの比較も,GNU Emacs 内の文書にあったと思う. |
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