3月のなかばに SFMOMA(San Francisco 近代美術館)を訪れる機会を
もった. もともとは市役所の近くの古い建物の中にあったのだが,数
年前,マーケット通り東側の再開発の一環として建てられた新しいビ
ルに引っ越した.設備としてはニューヨーク近代美術館より充実して
いるといえるかも知れない.
2Fのメイン展示は「マチス以降」というタイトルで20世紀現代美術の
コレクション. 3Fから上はさまざまな企画展示.そのなかで,とくに
わたしの興味をひいたのは,"Inside Out"と題された中国現代美術展
だった. アメリカ顔まけのポップ感があふれていて,こうしたおもし
ろい企画展ができない日本の状況をかなしく思った.
ゆっくり時間をかけて最上階までのギャラリーを巡り歩き, 最後の展
示室に足を踏み入れた.
そこは,なんの飾り気もない広い空間で,細長いテーブルが3つ,静
かに置かれていた.しかし,よく見るとそのテーブルのそれぞれは,
高さや大きさがやや異なる2つのテーブルの片側の足を切り取ってつ
なぎあわせたものであって,合計6つのテーブルから構成されていた.
いずれも粗末な木製の古ぼけた代物で,田舎の農家の食卓ででもあっ
たかと思われた.近寄ってみると,その表面には小さな孔が無数に開
けられていて,その上を人間の髪の毛や細かい絹の糸で覆ってあった
りした.
それは,これまでにわたしが見たポップアート系の作品の中で,もっ
とも静かな印象を与える作品であった.たまたま,そのとき,わたし
とその友人以外にだれも鑑賞者がいなかったので,そうした印象が強
められたのかもしれないが .....
しばらく,それらのテーブルのあいだを歩きまわり,入り口の表示で,
だれのなんという作品かを調べようと思った.
"New Work - UNLAND by Doris Salcedo"
とあった.入り口においてあったパンフレットのようなものを何気な
く拾い上げて,そこをあとにした.
そのパンフレットに目を通したのは,翌日の午後日本へ向かう飛行機
の中であった. それによると, Doris Salcedo は中米コロンビア生ま
れ, いまも首都ボゴタに住んでいる女流彫刻家だった.UNLANDという
作品のタイトルは,英語でもスペイン語でもない造語で,かの女が,
ノーベル賞詩人 Paul Celan の詩からヒントを得て作った単語だとい
う.
コロンビアは,政情不安にもとづく内戦と麻薬戦争とで有名な国であ
る.昨日まで一緒につきあっていた人間が, ある日突然消えてしまっ
たり,あるいは,わけのわからない理由で逮捕され死刑に処せられる
といったことが,日常茶飯事として起こる社会である..
Doris は,そうした事件で取り残された遺族たちとあって,かれらの
話を聞き,いわば "Second Witness" としての自分の思いをこの作品
で表現しようと試みたのだという.アメリカの美術評論家とのインタ
ビューがパンフレットに載せられていたが,そのなかで,かの女は,
ある哲学者のことばを引用して次のように述べている;
− 悲劇の英雄にとっての唯一の言語は "沈黙" です.芸術の世界
では,"沈黙”は,すでに,表現されなかったもの,あるいは
表現できないものについて語るためのひとつの言語(言語以前
の言語)として存在していました.芸術は,すべての人間に共
通した何かを,ことばを用いずに伝達する手段です.
いま, わたしの周囲で起こっている悲劇は, 別にコロンビアに
固有のできごとではありません. たまたま, いまここで起こっ
ているだけのことで, 歴史をふりかえれば, おなじような悲劇
はあちこちにちらばっていることがわかるでしょう.
コロンビア社会の暴力の被害者たちの沈黙,芸術家としてのわ
たしの沈黙,そして,わたしの作品を鑑賞する人びとの沈黙,
それらはけっしてひとつのコミュニティを形成するわけではあ
りません.沈黙は沈黙のままでとどまるのです.
かつて,わたしが詩 (のようなもの)を書きはじめたころ,田村隆一
さんの作品を読んで強い衝撃を受けた記憶がある.その詩は次のフレ
ーズではじまっていた:
ひとつの沈黙がうまれるのは
天使が「時」をさえぎるからだ
この詩に対抗すべく,わたしが自分の幼時戦争体験をイメージして作
った作品は次のようなものだった:
冬は
いてついた空をすべってゆく舟のように
空はもうこわれてしまったので
わたしの影が
帆柱のかたちをして
ねむれずに
広場のほうへ
錨綱は
いつまでも
くりだされるばかり
しかたのない上陸
もう さむいともいえないので
にあわない着物はぬいでしまう
この
縫い目もポケットもないシャツさえ
そして いってしまったわたしの顔のなかで
− ゆるしてくれるの
だれがだれをゆるしてくれるの
まだあどけない戦争たちはうたうけれど
木は 木にふさわしいあいさつ
けものたちは 殺す
最後の2行が,その当時のわたしにとって精一杯の“沈黙" の表現だ
ったのだが, しかし, いま読み返してみても, 全体がいかにも稚拙で
あって, したがってまだ, わたしの心のなかでは, この「顔のない唄」
は,未定稿扱いのままになっている.
KISHIDA Kouichi,
k2@sra.co.jp