机の引き出しから出てきた古いノートに書きとめられていた訳詩 2篇;
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まあるい花壇
ゲオルク・トラークル
流れちまったのは ひるまの金色
ゆうがたの茶と青の色
羊飼いのやさしい笛が失くなった
ゆうがたの茶と青の色
流れちまったのは ひるまの金色
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- かれには幻想がありすぎたのです.だから幻想の巨大な欠乏から生まれた
戦争にたえきれなかったのです.
第一次大戦中のトラークルの自殺を評したフランツ・カフカのことば.そう
いえば中原中也の作品に似た雰囲気かもしれない.
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恋唄
シュテファン・ゲオルゲ
微風のなかの芦の葉のように
ふるえながら
そっとおたがいのからだにふれあうとき
わたしたちの目は
なぜか
涙でにじんでしまうのだ
さみしい花々が咲き乱れた門のうしろで
自分たちのにおいを
とうとうそれだけを探しあてた
あのときの
ふしぎなよろこびは
いったいなんだったのだろうか
そう そんなふうに
おまえはいつまでもわたしのそばでじっとしていた
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ゲオルゲにはもっといい詩があるはずなのに,なぜこの小品を訳したのかは
よくわからない.「おれならずっとうまく書けるぜ」というつもりか,その
次のページに書きなぐられていた,これは自作の戯れ唄:
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風のなかのふたり
とおくのほうで
だれかのつめたい唇が
ちぎれた恋唄などを
しきりに吹きとばしている
午後の海岸
いつまでも
頬にまつわりついてくる
凍った兎の綿毛をかぞえる
そんな遊びを
いったい なんべんくりかえしたらいいのか
そう そんなにもながいあいだ
風は吹きやまず
けれど
きまぐれな時計がたとえ
何時をさしていようと
枯れ草のなかにまぎれこんだ口紅を
さがしあてさえすれば
空は
いつのまにか
もうひとつのやさしい目をひらいてみせたりする
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KISHIDA Kouichi,
k2@sra.co.jp