変わるコンピュータ


1.未来予測の難しさ

 コンピュータが最初に作られたのは第2次大戦末のこ
とだったから,それからもう半世紀以上の時間が経過し
た.その間に政治・経済はもとより,科学技術の社会に
おける応用の状況も大幅に変化した.変化の大きさを実
感するには,時間を巻戻してみればよい.

 1943年,当時IBMの会長だったトーマス・ワト
ソン氏はこういっている:「コンピュータ市場の規模は,
世界全体でせいぜい5台がいいところだろう」.真空管
回路で構成され,1台がオフィスビルのフロア全体を占
拠していた第1世代の機械(しかも記憶容量やスピード
はいまのパソコンの足元にもおよばない)を前提にすれ
ば,無理からぬ予測だったといえよう.

 もう少し時計をこちら側へ進めて,1977年,ボス
トンのガレージから出発し,工業用ミニコン市場で世界
を制覇したDEC社のケン・オルソン会長は次のように
のべた:「どう考えても,人びとがそれぞれの自宅にコ
ンピュータを持つ理由など存在しない」.

 バブル経済の崩壊と同期してコンピュータの世界では
ダウンサイジングの嵐が吹き荒れている.その行方がど
うなるか,まだだれにもわからない.


2.微少化の理由

 電子のスピードは光と同じ毎秒30万キロメートル,
地球を7周半だと理科の授業で教わった.アインシュタ
イン博士の理論が正しいとすれば,この世界ではそのス
ピードを超えることはできない.

 コンピュータは電子の流れで計算を行なう.初期のコ
ンピュータはミリ秒つまり千分の1秒単位で動作した.
電子はその時間に3百キロ走れる.その後電子技術が進
歩し,コンピュータのスピードは3桁ずつ速くなった.
現在のマシンのスピードは,マイクロ(百万分の1)秒,
ナノ(十億分の1)秒,あるいはピコ(1兆分の1)秒
を単位として測定される.

 その微少な時間の幅のなかでは,電子といえども,そ
れほど長い距離は走れない.たとえば1ピコ秒ではわず
かに0.3ミリメートルである.つまり,コンピュータ
内部の回路がそれより長ければ,その速さでは計算がで
きないということになる.

 細密写真技術を応用したコンピュータ回路微少化の理
由はその辺にあるのだが,はたしてどこまで行くのか.
未来のコンピュータは顕微鏡の下でマウスやキーボード
を操ることを要求されるのだろうか.


3.顔のないコンピュータ

 いくらパソコンが一般的になったとはいえ,まだまだ
多くの人びとの目には,コンピュータとは,特殊な訓練
を受けた専門家が操る魔法の箱のようなものに映ってい
るだろう.

 しかし実際には,われわれの身の回りに,コンピュー
タの顔を持たないコンピュータが,さまざまな日常的な
機器に組込まれた形で存在しており,しかもその種類や
数は急激に増えつつある.たとえばエァコン,コピー機,
自動車,銀行のATM(現金自動預入支払機),駅の自
動券売機,ビデオ装置,ラジカセといった少し賢い動作
をする機械には,ほとんどコンピュータが入っているの
がふつうである.

 これらの機械には,パソコンで使われているのと同じ
マイクロチップが,ATMの場合でいえば10ないし2
0個使われている.つまり,パソコンが何台か組み込ま
れていると思えばよい.「なるほど,だから扱いにくい
わけね」などと皮肉をいわないでほしい.素人が無茶な
使い方をしても機械がこわれたり暴走したりしないよう
にという裏方(プログラマやシステムエンジニア)の苦
労も並大抵ではないのである.


4.西暦2000年

 あと数年で20世紀も終わりになるが,そのことがそ
ろそろ,コンピュータを利用している会社の情報システ
ム部門で,ある種の恐怖をもって語られはじめている.

 事務計算には日付データの処理がつきものだが,ふつ
う,年号は西暦で扱われ,かつまたデータ入力の簡略化
のために下2桁だけですませている場合が多い.年号の
上2桁は19だという前提でほとんどのプログラムの論
理が組み立てられている.

 西暦2000年が到来するまでに,手持ちの何百何千
本とあるプログラムの中身を細かく調べて,年号を扱っ
ている個所を洗い出し,世紀の転換の処理が正しく行え
るかをチェックし,もしダメなら修正しなければならな
い.それには当然人手がかかるが,パソコンやワークス
テーションの発展に伴うダウンサイジング革命の影響で,
旧来のシステムを扱えるソフト技術者の数は急激に少な
くなってきている.これまでの外注先のソフトハウスも
すでにパソコン市場に路線変更していて,あまり当てに
できない.

 ソフトウェア・システムは,無機的な科学工業製品で
はなく,こうした人間的・社会的な要素も含んだ生き物
として扱われねばならない.21世紀の末には,この教
訓が生かされるだろうか.


5.国境なき社会

 インターネットの普及が急速に進みはじめた.御承知
のように,これは世界中のコンピュータを(大学,企業,
政府機関だけでなく,個人所有のパソコンも)ひとつに
つないだアメーバのような巨大システムであり,日に日
に形を変え,成長を続けている.

 それにともなって,さまざまな社会的な問題がすでに
発生し,またこれからも続出するだろうことが予想され
る.インターネットは,国や企業など,既存の組織の壁
を越えて広がったシステムであり,歴史をふりかえって
みても,未完に終わったジンギスカンのネットワーク帝
国構想以外に,そうした社会の概念モデルをわれわれは
持ち合わせていない.

 たとえば,通常の郵便の世界ではすでに死んだユーモ
アと化した「不幸の手紙」が,インターネットの上で不
死鳥のようによみがえり,迷惑を振りまいているが,こ
れはその内に終息するだろう.そして,ダイヤルQ2も
どきのポルノ騒ぎ.

 社会主義中国もそろそろインターネットに繋がりはじ
めたようだが,電子掲示板を使った政治論争への歯止め
をかける仕掛けはどうするつもりだろうか.


6.著作権

 インターネットの普及にともなって生じて来る社会的
な問題のひとつに,著作権に関することがらがある.

 すでに,ソフトウェアや文学作品,あるいは写真や絵
画が,原著作者の承認を得ずに無断でインターネット上
で配布されたとして,何件かの訴訟がアメリカで起こさ
れ,いずれも原告側の勝訴に終わっている.

 問題は,これらの訴訟がいずれも,インターネットの
提供者(具体的には電子掲示板の管理者)を被告として
訴えていることであり,何人かの法律家がこれらの判決
に異論を唱えている.インターネットは世界中のコンピ
ュータ同士をつなぎあわせた電話網のようなものだが,
もし,電話回線の上で何か不正なことがらが話し合われ
たからといって,電話会社がその法律上の責任を追求さ
れたという事例はまだ聞いたことがないというわけであ
る.

 また,インターネットが国境を越えて世界中に広がっ
ていることも話をさらにややこしくする.つまり,どこ
の国で訴訟を起こしたらいいかという問題である.もし,
著作権や知的所有権に関してまだあまりきびしくない国
のコンピュータ上で電子掲示板が管理されていた場合,
上述のような訴訟を起こす術はなくなってしまう.


7.オフショア

 20数年前,まだ日米間にかなりの賃金格差があった
ころ,日本から船にプログラマを乗せてカリフォルニア
沖まで行き,そこに長期停泊して,あちらのソフト開発
を受託するという計画が半ば真剣に考えられたことがあ
る.上陸しない(オフショア)で仕事をするのだから,
就労ビザその他の心配をする必要がないという名案(?)
であった.

 コンピュータ・ネットワークの発達は,そうしたオフ
ショアでのソフト開発を現実のものにした.旧ソビエト
あるいは東欧各国のプログラマの給与はアメリカや日本
に比べて5分の1程度であり,インドや中国はさらに低
い.インターネットをうまく活用して,開発仕様の伝達
や作業の進捗管理,成果物の品質管理などがうまく行く
仕組みが作れるなら,これらの国にソフト開発を委託す
れば,コストはきわめて安くすむことになる.

 すでにアメリカの大手企業はそうしたオフショア開発
を推進しつつある.経済発展の結果としての高い人件費
を前提とせざるを得ない日本のソフト産業には,そうし
た国際競争を生き抜くための知恵が要求されている.


8.劣化

 どんな機械も長時間使っていれば故障する.ねじがゆ
るんだり,ランプが切れたり,要するに構成部品の機能
が劣化するからである.そうした部品を修理したり,新
しいものに取り替えれば,機能は元に戻ってまた使える
ようになる.

 コンピュータ・プログラムはたくさんの命令から構成
されているわけだが,個々の命令は何回実行しようと決
して摩耗したり,壊れたりするわけではない.では,プ
ログラムは一度作れば永久に修理しないですむかといえ
ば,そうではないのである.

 遊びあきたらそれでおしまいのゲームソフトの類は例
外として,企業で使われているソフトは,現実社会の何
らかの仕事の手順をモデル化したものである.社会が流
動的に変化して行く以上,ソフトもそれに合わせてせて
変わって行かなければならない.そこで,ソフトの保守
(修理/改善)という厄介な問題が生じてくる.

 ふつう,企業のソフト・システムは,使い捨てではな
く,何年間も使いつづけられるのだが,そうなると,長
年に渡って増改築を繰り返した老朽建築物と同じような
醜い姿を露呈する.つまり,コンピュータ・ソフトの場
合,個々の部品の機能ではなく,全体の構造がいつのま
にか劣化してしまうのである.


9.コピーレフト

 マイクロソフト社のビル・ゲイツ氏が,パソコンOS
の商業的成功によって,世の若いプログラマたちの偶像
的存在になっていることは御存じの通りだが,アメリカ
という国の面白さは,それと対象的な哲学を持ったプロ
グラマがアンチテーゼとして,存在を鮮やかにアピール
していることである.

 それは,FSF(自由ソフトウェア財団)なるボラン
ティア組織を率いるリチャード・ストールマン氏.もと
もとMITの人工知能研究者だったが,0Sその他の基
本ソフトは人類共通の知的財産であり,無償であるべき
だという信念を持ち,人並はずれたプログラミング能力
をフルに発揮して,自らの考えを実践に移している.

 FSFが開発した基本ソフトには著作権(コピーライト)
とは正反対のコピーレフト表示がついている.つまり,
使用料はタダ.しかもそれだけでなく,だれかに欲しい
と要求されたら,たとえそれがどんなに嫌な相手だろう
と,無条件でコピーしてあげなければならない.

 一見,ソフトウェア・ビジネスの原則に反するように
見えるが,新時代のコンピュータ文明のあり方を暗示す
るものだとして,日本でも多くのソフトウェア・プロフ
ェッショナルたちに支持されている.


10.リサイクル

 一昨年の秋,開発途上国におけるコンピュタ教育をテ
ーマとして,国連大学ソフトウェア研究所が主催した北
京でのワークショップに参加した.いろいろな国の大学
の先生方から,それぞれの悩みを伺ったが,もっとも印
象的だったのは,モンゴル工業大学の若い先生の訴えだ
った.

 「ウランバートルの大学では,教材としてのマシンが
圧的に不足し,何十人かの学生が1台のパソコンを共同
利用しながらプログラミングの学習をしている状況だ.
ところで,聞くところによれば,日本の企業には,コン
ピュータがあふれており,新型機の登場にともなって,
古いマシンは次々に捨てられて行くという.できたらそ
うした中古のパソコンをどんどんモンゴルに送ってくれ
ないだろうか?」

 たしかに,コンピュータに限らず,中古のオフィス機
器の処分は,他の産業廃棄物と同じく,大きな問題にな
りつつある.輸出手続きや,その後の故障修理などの問
題もあるかも知れないが,うまいメカニズムを考えれば,
下手なODA援助より喜ばれるユニークな国際的リサイ
クルの途が成り立つように思われる.


11.ある実験の波紋

 インターネットの世界的拡大につれて,通信量すなわ
ちネットワーク上の交通量の増大にどうやって対処する
かが,1つの大きな問題になりつつある.

 オランダのある大学の研究者たちが,この問題を解決
することを目的とした新しいソフトウェアを開発し,そ
のシステムの性能テスト実験を企画した.それは,世の
男性たちのポルノ写真に対する関心を利用して,大学の
コンピュータにハードコア・ポルノのデータベースを置
き,それを一般に公開して,アクセスさせようという,
いかにもポルノ解禁国らしいアイデアであった.

 結果はもののみごとに成功し,インターネットの歴史
上で最高の交通量データが得られたが,同時にまた,全
世界(特にイスラム諸国)から嵐のような批難が大学に
寄せられ,実験は即時中止に追い込まれた.

 ことはポルノだけの問題ではない.たとえば,ある国
では国防上の機密として秘匿されているデータが,アメ
リカのように情報公開が進んでいる国のコンピュータに
アクセスすれば簡単に入手できてしまうという問題もあ
る.個人のプライバシー情報の取り扱いにも,国ごとに
異なるのが現状である.はたして,今の国連には,そう
した現象に対応できる能力があるのだろうか?


12.XYZ

 今年の夏,北京で,世界婦人会議の少し前に,1つの
国際ワークショップが開催された.中国科学院ソフトウ
ェア研究所の唐稚松先生の古希を記念する催しで,欧米,
日本,そしてもちろん中国国内からも,何十人かの研究
者が集まって,論文発表と討論を行った.

 筆者も唐先生とは十年来の交際なので,喜んで招待を
お受けした.天安門事件直後の6月に東京で開かれたシ
ンポジウムに先生とそのお弟子さんたちをお呼びしたの
が,つい昨日のことのように思い出される.

 日本ではあまり知られていないが,唐先生の業績は,
XYZと呼ばれるソフトウェア・システムをこの15年
かけて開発されたことである.XYZとは,「汎用言語
系統」を意味する中国語名の頭文字で,コンピュータ・
ソフト開発に用いられる言語を,ある数学的理論をベー
スに統一しようという野心的な試みである.

 面白いのは,基礎としての数学理論が西洋仕込みであ
るにも関わらず,システム構築の基本思想が,孔子の中
庸哲学や,仏教(禅)的な認識論に基づいていることで
あって,それは,来るべき新しい世紀のコンピュータ技
術の発展に対する東洋からの貢献の1つのあり方を暗示
しているように思われる.


13.国際貢献

 あまり知られていないが,東京・渋谷に本拠を構える
国連大学は,唯一日本に本部機構が置かれている国連機
関である.大学といっても,きわめて特殊な組織で,世
界各地にそれぞれ異なる目的の研究所があり,その連合
体の形になっている.

 開発途上国のコンピュータ・ソフトウェア技術開発を
支援するための国際研究所は,ポルトガル,中国,およ
びマカオの共同出資で,数年前マカオに設立されている
が,これも日本では知る人は少ないだろう.

 初代の研究所長は,デンマーク人のD.ビヨルナー博
士.着任して最初に手がけたのは,中国の鉄道システム
の制御プログラムを最新の数学的モデル化手法を使って
開発し直すという壮大なプロジェクトで,すでにプロト
タイプの開発を終わり,いまは現場でのテストに入って
いる.

 その他にも,いくつかの興味深いプロジェクトが進行
あるいは企画中である.これらのプロジェクトの資金は
文部省からユネスコを介して提供されているようだが,
寂しいのは,実際の企画や運営に日本人がほとんど参加
していないことであって,国際貢献の実質的な立ち遅れ
は,このあたりにも見られるのである.


14. 戸締まり用心

 「コンピュータ・システムに不法侵入」いったニュー
スがときどき新聞紙上をにぎあわせる.そのさい,よく
話題にされるのは,知能犯罪予備軍としてのプログラマ
の不気味なイメージと,それによって脅かされているコ
システムの安全性である.

 「インターネットの上で仕事の契約の話をしたり,お
金の決済を電子的にしたりするというけれど,危なくは
ないのかね?」といった質問もよく受けるが,その御当
人は,あたりまえのように,契約書をFAXでやりとり
し,携帯電話で商売の相談をしたりしている.

 コンピュータ・システムの安全性は,ふつう,それぞ
れの利用者ごとに設定されたパスワードという暗号によ
って守られている.パスワードは,いわば,システムへ
のドアを開ける鍵である.これまでに起こった不法侵入
事件を調べて見ると,大学や研究所など,パスワード管
理の甘いところが被害を受けているケースが多い.これ
らの組織では伝統的に,コンピュータに限らず,オフィ
スへの出入りも比較的自由であって,ときどきニセ学生
なども出没したりしている.

 安全はタダでは買えない.鍵をそのへんに無造作に放
り出しておけば,だれでもそのドアを開けて入って来ら
れるのである.


15. アンバランス

 私が所属しているソフトウェア技術者協会では,数年
前から,NGO的な活動の一種として,中国各地の大学
と一緒に,国際シンポジウムを開催している.今年の会
議は,国防科学技術大学の協力により,湖南省の長沙市
で開催された.

 長沙は,馬王堆古墳の発掘でも知られる歴史の街.朱
子や王陽明が講義をした中国最古の大学・岳麓書院も残
っているし,また,若き日の毛沢東が教鞭をとっていた
街でもある.

 国防科技大は,スーパーコンピュータ "銀河" を自力
開発したことで有名である.国防省管轄のせいか,運営
資金にも恵まれているようで,キャンパスも広く,美し
い.中国の他の大学と同じく,教職員やその家族,そし
て学生たちが全員そこで生活しているので,まるで1つ
の小都会のような雰囲気を呈している.

 しかし,博物館で,発掘時まるで生きているかのよう
に皮膚に弾力があったといわれる2千年前の女王の屍に
対面し,そのわずか15分後にスーパーコンピュータ室
を見学すると,まるでタイムマシンに乗っているかのよ
うな錯覚におちいる.


16. トラブルと忍耐

 10月末のある夜,香港空港はそれほど混んでいなか
ったのだが,にもかかわらず,通関には1時間以上もか
かり,私は危うく最終のホテル行き空港バスに乗り遅れ
るところだった.理由はといえば,入国審査カウンター
の前に次のような表示が出ていた.「新しいコンピュー
タシステムの導入により多少手続きに時間がかかります
がご容赦ください」と.

 アメリカはコロラド州デンバーの新空港は,この春よ
うやくオープンにこぎつけたのだが,予定よりも1年以
上の遅れであって,その間に累積された建設費用の利子
をどうやって償還するか,関係者はいまだに頭を悩ませ
ていると聞く.こちらは香港の場合と違って,単なる人
間の慣れの問題ではなく,バーコード読取装置をコンピ
ュータに連動させた荷物搬送システムが設計通りに動か
なかったためであった.

 こうしたシステムのトラブルはこれからも引き続いて
起こり得るであろう.いかに精密なシステム工学技術を
もってしても,人間という不確定要素を含む全体の挙動
をあらかじめ予測し把握することはむづかしい.コンピ
ュータ時代の人間は,以前にもまして忍耐力を必要とさ
れるようである.


17. 創造性開発を阻害するもの

 バブル崩壊に伴う構造不況をなんとかしようというわ
けで,創造的な科学技術の開発とそれにもとづく新しい
ビジネスや雇用機会の創出といった論議が,このところ
あちこちでやかましいが,コンピュータの世界も例外で
はない.

 ハードも基本ソフトも外国製,応用ソフトも日本語ワ
ープロ以外の主要なパッケージはほとんど輸入品という
現状をどう打開すべきかが、当面の課題である.お役所
の方でも,景気対策予算に便乗して,新たな補助金プロ
ジェクトの提案公募がいくつか始まっている.

 しかし,日本におけるこうした研究開発費の公募審査
には1つの問題がある.それは,審査のプロセス(だれ
がどうやって審査するのか)が多くの場合秘密であるこ
と,そして,採用されなかった提案に対して,その理由
(つまり審査委員会からのコメント)が知らされないこ
とである.いざフタを開けてみると、予算の大半はしか
るべきところにいつのまにか配分されているというケー
スがままある。

 公募審査プロセスが公開され、不満がある場合にはだ
れでも堂々と異議をとなえられるようになっている欧米
のシステムとは大きな差がある。本当に創造的技術開発
を意図するのなら、予算取りよりも,まず,そうした癒
着の構造を改革するほうが先決であろう。


18. 種の起源と進化

 一口にソフトウェアといっても,その種類はさまざま
である.ファミコン・ゲームをワープロと一緒には考え
られないし,大型コンピュータを中心に複雑なネットワ
クで組み立てられたの銀行オンライン・システムは,そ
れらとはまったく別物である.

 ソフトウェアは,まだ,自己増殖能力を持ってはいな
いが,人間(プログラマ)の力を借りて,時間とともに
進化して行く.私がプログラマを始めた1960年代の
初めには,まるで単細胞のアメーバみたいなものしかな
かったのだが,棲息環境としてのハードウェアの高機能
化にともなって,今日のソフトウェア・システムは,さ
まざまな「種」に分化し,その構造は,たとえパソコン
向けあっても,小型の恐竜のように複雑である.

 そうしたソフトウェアの進化をいったいどのように扱
うべきかは,まだよくわかっていない.おそらく,ソフ
ト単独ではなく,ハードや周辺の人間たち(プログラマ,
ユーザ,その他)までを含めた生態系として考え,生物
学の成果を流用するのが正しいのではないかと思われる.
ソフトウェアの世界のダーウィンはいつあらわれるのだ
ろうか?


19. 新しい社会のモデル

 現代の工業社会は,産業革命により農耕社会から発展
した形でできあがったといわれる.そのせいであろうか,
われわれの心の中にある「社会」の概念的イメージは,
王宮または政府機関の壮麗な建物を中心に街区がきちん
と整備された「メトロポリス」のイメージである.

 旧世代の大型汎用コンピュータを中心に,さまざまな
周辺装置が階層的に配置された情報システムのモデルは,
そうした管理型社会のイメージとうまく対応していたと
いえる.

 さまざまなパソコンその他の機械を組み合わせた新世
代の分散型システムは,この秩序を破壊するものであっ
た.破壊は,いまや世界中のあらゆるコンピュータを水
平に連結したザ・インターネットの登場によって頂点に
達したといえよう.

 おそらく,21世紀の情報化社会では,旧来の文明を
支配していた社会モデルに代わって,すでに衰退したと
思われている狩猟文明あるいは遊牧文明における社会の
モデルが支配的になるものと思われる.すでに,若い世
代の情報ハンターたちは,インターネットの上を自由に
駆け回りはじめている.


SRA KISHIDA Kouichi, k2@sra.co.jp