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                            中世史とソフトウェア

			    SEAMAIL Vol.12, No.7
			      (January, 2001)
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奇妙なタイトルで恐縮だが,ソフトウェア開発とは,それが対象としている世界のモデル
を構築すること,わたしの好きな哲学者ネルソン・グッドマンのことばを借りれば,世界
の一つのバージョンを作り出すこと(「世界制作の方法」みすず書房)であり,そのため
の道具としての言語,とくにさまざまな比喩や寓意が重要な役割を果たすと考えられる.
その意味で,一見ソフトウェアとはなんの関係もないかのように思われる歴史学のメタフ
ァが,わたしには非常に興味深く感じられるのである.

しばらく前,わたしの会社ににひとりの中国人プログラマが働いていて,熊谷さんや玉井
先生と一緒に会議で北京へ行ったさい,かれのお兄さんにいろいろお世話になった.それ
が,北京語言文化大学日本語科の邱鳴先生で,「研究のご専門は?」と訊くと,「太平記
です」という返事.帰国した後,お礼にと思って関連する本を探したら,兵藤克巳さんの
「太平記<よみ>の可能性」(講談社・選書メチエ)という本がちょうど出たばかりだっ
た.向こうへ送る前に目を通したら,これがおもしろい.「源平政権交代説」とそれに対
するアンチテーゼとしての楠木正成伝説という仮説を読んで,目から鱗が一枚落ちる感じ
がした.目から鱗といえば,その後,邱鳴先生から贈られた著書「太平記における漢文学
の影響」もそうだった.太平記の中のひとつのクライマックス・シーンである大塔宮護良
親王暗殺の物語が,中国神話「眉間尺」の引き写しだとは知らなかった.講談や落語で有
名な大岡政談のエピソードがほとんど明代の白話小説の盗作であることは知っていたが,
まさか太平記までとは!

その驚きがきっかけで,それから,日本中世史に関するおもしろそうな本を探しはじめて
網野善彦さんの一連の著作にめぐりあった.最初に読んだのは,日本の歴代天皇の中でも
っともユニークな後醍醐天皇と失敗に終わったその革命:建武の中興を扱った「異形の王
権」,次は日本の歴史学界に大きな論争を呼び起こした問題の書「無縁・公界・楽」(い
ずれも平凡社ライブラリ)であった.寡聞にして知らなかったのだが,歴史フリークの人
びとのあいだでは,何年か前から,網野さんやヨーロッパ歴史学の阿部勤也さんを中心に,
中世史ブームともいうべき現象が起こっていたらしい.大きな書店には,この2人の学者
の著作コーナーが設けられていたりする.

網野歴史学を読んで,最初に受けたパラダイム・ショックは,幼いころから頭にたたきこ
まれていた「日本は水稲耕作をもっぱらとする単一文化・単一民族の農耕国家だ」という
テーゼが,実は,古代近江王朝の手で(日本書紀という偽りの歴史書を用いて)創作され,
江戸幕府によって広められ,さらに近代明冶政府の手で増補された大きな嘘だという「事
実」を教えられたことであった.「東と西が語る日本の歴史」(講談社学術文庫)や「日
本社会の歴史:上中下」(岩波新書)で展開されている「東西二大王朝説」はきわめて強
い説得力を持っていると感じた(最近講談社から歴史シリーズの第00巻として出た「『日
本』とは何か」はまだ読んでいないが,....).

「日本中世の民衆像」(岩波新書)や「古文書返却の旅」(中公新書)で展開されている
中世日本社会のイメージは,網野さんの考えをを別の角度から裏付けている.一番印象的
だったのは,能登の「時国」家の調査にまつわるエピソードであった.過去の記録に,住
民のほとんどが「水飲み百姓」と分類されている集落が,実態は満足な田畑を持たない貧
乏人たちの集まりではなく,遠く蝦夷地までも往復できるような北前船を操って貿易業務
に携わっていた人びとの住む「町」であって,農村というよりはむしろ都会的なスタイル
にデザインされていた形跡があるという事実であった.しかし,その成果をプレス発表し
たところ,記事の見出しが「江戸時代に農民が日本海貿易で活躍?」という的外れなもの
に変えられてしまっていたという.新聞記者の頭のなかには,江戸時代の日本には侍と農
民しかいなかったという固定観念があり,なおかつ「百姓」という単語は農民に対する侮
蔑的な呼称であって紙面では使えないという奇妙な自己規制が働いたためだそうだ.

「百姓」は,文字通り「たくさん(百)の職業(姓)」を意味したことばなのだが,それ
がいつのまにか農民だけを指すようになったというのは,いまさらながら,長年にわたる
「お上」からの思想教育の恐ろしさを感じさせる.日本でも,そしてヨーロッパや中国で
も,中世の古文書のなかには,「職業図絵」のようなものがあって,そこにはさまざまな
「百姓」すなわち職業人たちの姿が描かれているのである.

網野さんの描くイメージによれば,中世の日本は,多様な交通路(道路、川,湖、そして
海)を通じて,いろいろな物資や情報・文化の交易・交流が行われていたダイナミックな
社会であったという.しかも,「唐人座」とか「蝦夷」といったことばが文献に出てくる
こおとは,ヤマトびと以外にも中国・朝鮮・アイヌといった異民族もそのなかに加わって
いた多民族・多文化の混在する社会だったと考えられる.

わたしが,そうしたイメージに関心を抱く理由は,ここ数年来のインターネットの発展に
よってもたらされつつある新しい社会構造の変革に興味を抱いているからである.インタ
ーネットは国家や会社など,既存の社会組織の壁を越えた自由なコミュニケーションを地
球規模で実現している.このようにして作り出された仮想社会は,当然,多文化・多民族
の空間であり,多様な価値観が同時並行的に混ざりあって存在する.単一の価値観に支配
された同質的な農耕文明社会あるいはその発展型としての工業化社会とは根本的に異なっ
ている.ある意味でそれは,時間を超えた中世社会の再現だといえるかも知れない.

そして,もうひとつ,網野歴史学からわたしが受け取った興味深いメッセージは「無縁・
公界・楽」のメタファであった.

「無縁」とは,有主・有縁に対する反対概念としての無主・無縁であって,既存の社会秩
序から切り離された「自由な」領域の宣言を意味している.それは,いくつかの古代社会
において存在したことが知られている避難所(アジ―ル)概念のより明確なマニフェスト
であり,典型的な例としては,江戸時代まで残っていた「駆け込み寺」があげられる.中
世の日本にはそうした無縁所があちこちに存在したらしい.

やや短絡的すぎるかも知れないが,わたしはこの中世的自由の概念を聞いて,すぐリチャ
ード・ストールマンの GNUプロジェクトを連想した.既存の商業秩序からソフトウェアを
切り離す Nonproprietary かつコピーレフトの革命的な宣言には,そうしたニュアンスが
含まれているように感じられる.

「公界」は,文字通りパブリック・ドメインを意味する.公界者あるいは公界往来人とは,
特殊な職能を認められて,手形や通行証なしに自由に各地を歩きまわれる人びとを指す.
中世の日本には,こうした人びとが存在して,しかも世間から一定の尊敬を勝ちえていた.
具体的には,能役者や占い師あるいは桂女(もともとは皇室に鮎を献上する役の女性,後
にいわゆる白拍子すなわち遊女)などがそれにあたる.ある狂言のシナリオには,登場人
物の一人が旅の占い師と喧嘩になり,相手の頭を殴ろうとすると,「公界者に手をだすと
は,なんと無体な!」と非難される場面が書かれているそうだ.また,中世日本の代表的
な自治都市である泉州堺の地図には,公界衆寄合所という表示があって,この町を取り仕
切っていた商人たちが,やはり公界者として扱われれていたことを示している.

公界者のメタファをコンピュータの世界にあてはめるさいには,人間ではなく,インター
ネット上のパブリック・ドメインを自由に動き回っているフリー・ソフトウェアを擬人化
して考えたほうがよいと思われる.代表的な例はもちろん Linux(正しくは GNU/Linux)
である.

「楽」は織田信長によって始められたといわれる楽市・楽座の楽である.信長の制札には
「当市場越居之者分国往還不可有煩.借銭借米地子諸役令免許訖.不可押買狼藉喧嘩口論
事.」とあって,楽市がやはり一種の無縁の領域であること,またそこに店を出して商い
をしている人びとが,年貢や公事(課役)などを免ぜられた公界者として扱われているこ
とを示している.

エリック・レイモンドの「伽藍とバザール」に描かれた「バザール型ソフト開発」は,日
本中世のメタファを用いれば「楽市・楽座型」と呼びかえられるかも知れない.

こうして中世史の魅力にとりつかれたわたしは,次に,網野・阿部両氏の対談「中世の再
発見」(平凡社ライブラリ),そしてこの2人に石井進・樺山紘一の2人を加えたワーク
ショップ討論の記録「中世の再発見:上下」(中公新書)を読み,ますますメタフォリカ
ルな興味をそそられた.

たとえば,「市」を意味するドイツ語「メッセ(Messe)」の語源は,キリスト教の「ミサ」
なのだそうだ.教会において大掛かりなミサが行われ,大勢の人びとが集まる機会に,そ
の門前で一種の「楽市」が開かれていたという.そして,中世の人びとにとって,売買は
モノと金銭とを交換する行為ではなく,贈与の一形態だと考えられていたらしい.モノに
はそれぞれ魂が宿っており,たとえそれを他人に売り渡したり,贈ったりしたとしても,
それはその所有権や使用権が永久的に他人に移るわけではなく,そのモノはあくまでもと
もとの所有者に帰属する.古代から中世までの人間は,洋の東西を問わずそのように考え
ていたらしい!

キリスト教社会における「公け」の概念の起源もおもしろい.古来,贈与(宴会などへの
招待も含む)は,互酬の原理にもとづいて行われてきた.何か贈り物をもらったらお返し
をする,宴会に招かれたら返礼の宴会を開く,といった慣習である.しかし,イエスはい
われた:「もしあなたが宴会を催すなら,お返しの宴会を開く能力のない貧乏人や乞食を
招きなさい.そうすれば,あなたが死んだ後,神様が天国で盛大な宴会に招待してくれる
でしょう」(聖書・ルカ伝).キリスト教国において,中世以降,富豪や貴族たちの寄付
によってたくさんの寺院が建立されたのは,そうしたパブリック・ドメインへの貢献とい
う概念が普及したからだそうである.

贈与経済と貨幣経済との比較分析も,オープンソースやフリーソフトウェアとの関連で考
えると興味深いものがある.わたしたちがいま生きている貨幣経済社会の価値観では,た
くさん持っている者がエライ」と考えられている.たとえば,ビル・ゲイツ氏が英雄視さ
れるのはそのためである.しかし,古代から中世までの時代に支配的であった贈与経済の
価値観では,「たくさん人にあたえられる者がエライ」のである.その意味からすると,
リチャード・ストールマンたちは,時計の針を逆に回そうとしているのかも知れない.

ところで,ストールマンに代表される現代のスーパー・プログラマたちのイメージは,日
本の中世史でいうと,いわゆる「異形異類」の人びと,「婆沙羅」とか「かぶき者」とい
った呼称があてはまるように感じられる.並みの人間にはない力を持った異能者である.
ヨーロッパ中世でそれに似たイメージを探すとすれば,ドイツ・ハ―メルンの街を騒がせ
たあの「笛吹き男」であろう.

阿部謹也さんの名著「ハ―メルンの笛吹き男」(ちくま文庫)および「ヨーロッパ中世の
宇宙観」(講談社学術文庫)の2冊は,そうした異能者たちが,はじめは人びとから畏敬
され,しかし,やがて手ひどく差別されるようになった謎を解き明かしていて,なまじの
ミステリ小説よりもおもしろい.

阿部さんの説くところによれば,ヨーロッパ中世の人びとは,この宇宙が二重構造になっ
ていると信じていたらしい.すなわち,日常生活の小宇宙とその周辺をとりまく非日常的
な大宇宙とである.悲劇「マクべス」の有名なラストシーン,「森が城に攻め寄せてくる」
というあのプロットは,シェークスピアの独創ではなく,当時の一般大衆の日常感覚であ
った.人びとは,夜な夜な,周囲の森が自分の家の戸口まで忍び寄ってきていると信じて
いたのだそうだ.

余談だが,この夏,中国・貴州省でのISFST2000 会議のさいに入手した「苗族古歌」に収
録されている口承詩によれば,苗族の人びともやはりこの宇宙は二重構造だと考えていた
らしい.そもそもの始まりのとき,われわれの住む小宇宙には何も存在していなかった.
そこに,外側の大宇宙から何人かの仙人たちがやってきて,世界を創造した.最初はたく
さん太陽を創ったので暑くなりすぎて失敗したりとか,いろいろあって,最後には大きな
蝶々のお母さん(モスラではない!)が楓の樹に12個の卵を生み,そのなかの1つから人
間の祖先が生まれたというのである.こうした思考(信仰)のフレームワークの類似性は
いったいどんな意味を持っているのだろう.

中世ヨーロッパには,そうした非日常的な宇宙,その象徴としての不可思議な大自然をう
まく扱える力,2つの宇宙をつなぐ能力を身につけた異様な人たちがいた.ペストその他
の災厄を運ぶネズミを苦もなく退治してくれる笛吹き男や,死者たちを大自然の宇宙に運
び去ってくれる葬式請負人といった人たちである.かれらは,ふつうの人間とちがって,
日常生活の小宇宙に定住することなく,いわば一種の「公界往来人」として,小宇宙と大
宇宙のはざまを自由に歩き回り,その「超」能力のうえに,一般の人びとから一定の畏敬
を集めていた.

唯一神がこの宇宙を初めから統一の取れた形で創造したというキリストの教えが世の中に
普及するにつれて,笛吹き男に代表される異能者たちへの畏敬が,一転して社会的差別に
変わっていったという阿部さんの解釈は,その他の差別の原因,職能組合ツンフトの誕生
に伴う非組合員への差別や,都市定住者による非定住者(ジプシーやユダヤ人に対する差
別の説明も含めて,ソフトウェアの世界にも存在するさまざまな差別についてのメタファ
として,きわめて興味深く感じられた.

日本の中世史を振り返ってみると,中世前期と後期とを区分する南北朝時代が,オープン
ソース革命(?)の嵐が吹き荒れているいまのソフトウェアの世界と対比する上でおもし
ろい.後醍醐天皇によって推進された建武の中興は,武家支配打倒の道具として,無縁・
公界・楽のパワーを結集した革命運動であって,それが失敗に終わったがために,それ以
降,無縁の人びとへのいわれなき差別が始まったと,網野史学では述べられている.こう
したアナロジーがオープンソース革命の場合にもあてはまるのか否かは,もう少し時間が
たってみないとわからないだろう.

いずれにせよ,歴史上の中世という時代は,日本でもヨーロッパでも,人びとの世界観す
なわちパラダイムが大きく転換した時代であったということができる.インターネットや
オープンソースといった buzzword によって引き起こされつつある現在のソフトウェア・
パラダイム・チェンジは,中世ユーラシア大陸全体を巻き込んだ大革命,すなわち人類史
上初めてのネットワーク型国家としてのモンゴル帝国の興亡に喩えるのが適切ではないか
と思う.この問題については,かつてソフトウェア・シンポジウム'95(広島) の招待講演
で論じたが,あらためてもう少し具体的に考察してみたいと考えている.



SRA KISHIDA Kouichi, k2@sra.co.jp